映画館はごった返していました
連休最終日。
のんびりと映画館に行ったら、チケット売り場は長蛇の列。
こんなことは初めてです。
とは言え、残席わずかはプリキュアと国宝だけで、あとは入場できるかを心配することはなさそうでした。
長崎が舞台の「遠い山なみの光」、長崎も出てくるし、原作者が長崎出身の「国宝」。長崎の星、福山雅治さん(今、なんだか大変そうですが)の「ブラック・ショーマン」。
意外と長崎つながりの映画が多い。
そんなこんなで皆さん、映画見に来ているのかしら?
暗示に満ちた作品でした(ネタバレかも?あり)
1950年代・戦後の長崎が舞台。
復興しつつあるけれど、原爆の暗い影はあちこちにひそんでいて。
爆心地に近い小学校の先生だった主人公悦子(広瀬すずさん)。
教え子たちを救えなかったのに、自分は生き延びているということに苦しさを抱えながらも、自分が爆心地近くで被爆したことを隠して結婚し、おなかの中には赤ちゃんがいます。
そこに悦子とは正反対の雰囲気をまとった登場人物佐知子(二階堂ふみさん)が登場。
シングルマザー。自由奔放な言動。
米兵を相手に暮らしている?
途中から戦後の長崎と、1980年代のイギリスが錯綜して描かれだします。
悦子はイギリス人と結婚して、渡英しているのです。
えっ?
悦子がイギリスなの?
佐知子が米兵とアメリカに渡るんじゃなかった?
おなかの中の赤ちゃんはどうなったの?
たくさんの?が。
このてのことに苦手なオットはもっと?を抱えながら見ているんだろうなあと思いつつ、引き込まれながら見ました。
見終わって帰る道々の車の中・ランチの途中、ずっとオットと映画の意味について語り合いました。
「あれは、ああいう意味だったんだよ」
「あれは、こんなことを暗示していたんじゃない?」
次から次に思いがわいてきます。
戦後14年目に生まれたにすぎないのに、私にとって戦争は遠い世界のものでした。
伯父二人が戦死しているのに、です。
原爆を落とされた後の、あまりにも悲惨な体験。
被爆者差別。
一見幸せに暮らしているように見えても、言いたいことを自由に言えず、足下にひざまづき夫の靴紐を結ぶような女の暮らし。
主人公悦子はそれらのものから抜け出すようにイギリスに渡ったのだろうけれど、そこにはそこの苦しさがある。
その辺には戦後まもなく、幼くして敗戦国日本から戦勝国イギリスに移り住んだカズオ・イシグロさんの経験や思いも反映されているのかも・・・などと(根拠なく)思ったり。
いやいや、なんかあれやこれや思いがかけめぐる映画でした。
カズオイシグロさんの作品は1冊も読んだことがないので読んでみようかな。
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