身内間のいざこざ

オットの身内が突然重篤な病いに倒れました。
オットはその人のことを親身に考え、お見舞いに行ったり、神社にお参りに行ったり、先立つものが必要だろうと、我が家にしては大きなお金を包んだりしてきました。
ところが、
別の身内が、オットに関したことで、事実じゃない話をしていたことがわかったのです。
その話は、ただでさえ混乱し不安のただ中にいる病人の家族にとってはいい気分のしないものでした。
オットは、
「どうしてこんな時にわざわざ人をかき回すようなことを言うんだろう」と落ち込み、腹を立てながらも、私には「自分の身内のことで不愉快な思いをさせてすまない」と言ってくれました。
時間がたつにつれて

その話が私たちの耳に入ってきたのは、ホテルで寝る寸前のことでした。(信頼できる人からのラインで)
1日中、引っ越しの手伝いをして、「来てよかったね。私たち役に立ったよ。」なんて言い合っていたところでしたが、一気に冷水をかけられたような気分になりました。
さまざまな感情がわきましたが、すべて飲み込み、伝えてくれた人へ穏やかな返事を返すだけにしました。(ラインでのやりとりです)
細かいことを書くと、その身内への非難になってしまい、それが文章として残ることはよくないと思ったからです。
一度発した言葉は消せませんからね。
行き着くところはふだんの信頼感
しばらくは腹立ちの気持ち、不信感、どうして?という疑問が残っていましたが、
時間がたつにつれ、その人が言ったことは事実ではなかったけれど、その人が内心思っていたことで、もしかしたらその人の中でしだいに事実に変換されたことだったのかも?と思うようになりました。
その後、オットはその人を問いただすようなことはしていません。
でも、明らかに距離を置いています。(私も)
そしてその後も、ただただお見舞いに行き、病の人が安らかな時をすごせるよう願っています。
いきつくところ、信頼感かなと思いました。
病人とその家族は、オットのことを信頼してくれていると思うので、これまでどおりできることをしてしていくだけ。
ただ、ウソの話をした人とは(とても身近な人です)との関係は、すぐにもとには戻らないないことでしょう。
今回、思いもよらない状況に巻き込まれましたが、すぐに感情的に反応せず、時間をおいたことはいいことだったと思っています。
時間をおいて見えてくることもあります。
そして時間をおくと薄らいでいくこともありますから。